ひとくち伝言 平成12年5 月(110号)





 聴診器を境内の樹の幹に当てて、水を吸い上げる音を聴いた話、いや、聴こうとした話を、前にさせていただきました。幹に当てたら、かすかにかすかに「・ こぷ ・ ・ こぽ ・ 」という音がはるか奥の方に聞こえて、「ああ、これが樹のいのちの音なんだ」という実感にひたったまではよかったのですが、その次にひょいと街灯の柱にも聴診器をあててみると、鉄の柱からも同じ音が聞こえたのです。それまでの幸福感は、その瞬間に崩れ去ったのでありました。後でそのことを話したら、聴診器に慣れない人は自分の体内の音を聴いてしまうから熟練が必要なのだということでした。
 その悲しい話はそれでおしまいだったのですが、今になってみるとまた新たな疑問が起こります。それは、耳というのは普通の状態では、体の中の音を聞かないようになっているのだろうかということです。人間の体というのは大部分が管で出来ており、その中を液体気体が轟々と通り抜けているわけですから、心臓や動脈の音とか、呼吸器の音、消化器の音などがどんどん耳に伝わってもいいはずなのに聞こえない、というのは、考えようによっては不思議です。でも多分、人間の体はそのようにできているんでしょうね。
 テレビでやっていたのですが、胎児は母親の体内の動脈のゴンゴンという音を聞いているのだそうで、それは少し前に流行ったジュリアナ・トウキョウというディスコで鳴っていた大音響にまるでそっくりだそうです。「へぇー、誰でも体の中にジュリアナが鳴っているんだ」と、驚いたものです。
 すると、こういうことになります。百観音に来る方の多くが、お茶を飲みながら「ここは静かですね」と言ってくださいます。でも、そうおっしゃる方の体の中では、実は轟々とジュリアナが鳴っているし、それを聞いている私の中でもジュリアナが鳴っているということになります。
 もっと不思議なのは、いびきの音が本人には全く聞こえないということで、
ジェット機のような音がすれば飛び起きてもよさそうなもなのに、当人は全く気づかずに眠っていられる、これもまた大きな不思議のひとつです。
 外界に於いても、地球の自転の音、ジェット気流の音、風の音、街の様々な音など、すごい音が鳴っているはずです。私たちは、聞こえないけれども実は大きな大きな響きに包まれているということになります。すると……、仏壇の前でチーンと鳴らすおリンの音がだんだん小さくなって、とうとう聞こえなくなっても、その音は消えたのではなくて、大きな響きの中に帰って
いったんだというふうに思えて、仕方がないのです。


百観音明治寺 住職 草野榮應







   ひとくち伝言板   


平成12年(仏紀2565年)5月の行事ご案内

5月 6日(土) 午後1時半より  法話の会

5月17日(水) 午後1時より  百観音月例法要

5月10,24日(水) 午後6時半より 座りを味わう、坐禅の会

5月23日(火) 〜両国・清澄庭園探訪の旅(下記参照)〜


初夏の両国・深川めぐり
日時:5月23日(火) 午前10時半
集合:門前仲町駅(地下鉄東西線 門前仲町駅1番出口赤門にて)
 沼袋から高田馬場乗換で約40分程度
行程:11時 深川不動・護摩供参拝/江戸深川資料館見学/清澄庭園の「涼亭」にて昼食(会席膳)/芭蕉記念館等、自由見学の予定
費用:5500円( 食事4500円、飲み物お賽銭拝観料含む。交通費各自)
申込み:5月17日までに。電話でも可




 4月8日の花まつり&花まつりコンサート、無事にぎやかに行われました。
 土曜日のせいか、これまでで最大の150人以上の参加がありました。楽器や諸経費のほかに、CYRの収益は約20万円、明治寺にも10万円の奉納ができました。大勢の方のご協賛・ご協力をいただき、心より感謝いたします。
 アンケートの中に、「こんな良いことをやっているお寺もあるなんて、初めて知りました。」と書いてあったのが、うれしかったです。宣伝をせずに良いことをしているお寺はほかにもたくさんあるんですけれどね。

 切手代感謝録:杉浦様、魚田様、松本(善子)様、他

 4月29日には、恒例により、慈音会の方が集まって多宝塔をご供養する法要 を行いました。参加者も増えてだんだん賑やかになり、昨年あたりからはお祭りみたいになりました。今年はみなで十善戒を読みあげる中、生前戒名の授与式も行われ、「戒名とは何か」というレクチャ−も付きました。戒名とは「月を示す指」としてはじめて意味があるということを、聞いていただきました。




東京都中野区沼袋二ノニ八ノ二〇
百観音明治寺 草野榮應