ひとくち伝言 平成13年6月(121号)




 この話がうろ覚えだということだけは自信を持って言えるんですが、今思うとたいへん興味深い寓話があります。それは、ご存じ、まんが日本昔ばなしシリーズのなかの、「ふるやのもり」という話です。
 昔、あるところにじいさんとばあさんが、一軒の古い家に住んでおった…(常田富士男さんの口調を思い浮かべてください)。ある夜のこと、この家にどろぼうがしのびこんで様子をうかがっていると、話し声が聞こえた。
「おじいさんや、世の中で一番恐ろしいものは何じゃろうかねえ」
「そうじゃなあ、どろぼうも怖いしおおかみも怖いが、何と言っても、ふるやのもりにはおよばねえ。あれがいっちばん恐ろしいのう」
「ほんにそうだねえ。あれにはおおかみもどろぼうも、かなわないねえ」
 それを聞いたどろぼうは、「なんだと、ふるやのもりとはいったい何だ」と、心おだやかではない。実はその時、おおかみもその家にしのびこんでいて、その話を聞いていたのじゃった。「なに、おれより恐ろしいものがあるだと! そいつは何者だ」ということで頭が一杯じゃった。あたりは真っ暗闇。ごそごそやっているうちに、どろぼうの背中とおおかみのしっぽが触れた。両方ともギョッとして、「ふるやのもりだ!」と思いこみ、ふたりとも一目散に逃げだしてしまったんだとさ。
 ところで、ふるやのもりとは一体何か、というと、古い家の雨漏りのことなんじゃ。なるほど確かにそれは、どろぼうよりもおおかみよりも恐ろしいものに違いない。放っとけば土台まで腐ってしまうのじゃから、雨が一滴でも漏り始めるものなら、住んでる者は真っ青になって「たいへんだ!」と叫びだすくらい、そりゃあ恐ろしいものじゃよ…。
 あのどろぼうとおおかみを笑えるのは、我々だけが「ふるやのもり」の正体を知らされているからであって、我々だって同じ立場に立たされれば、飛び上がって震えだすに違いありません。世の中で一番恐ろしいのは「見えないもの、わからないもの」であるということに思いが及びます。観音経には盗賊が出没する険しい山道を、隊列を組んで高価な財宝を運んでゆく商人の恐怖が語られています。これも「見えないものへの恐怖」を表しています。現在のホラー映画だって、人を怖がらせるためには全く同じ手を使っているわけで、人間が抱く恐怖の本質は二千年以上前から少しも変わらないことがわかります。そして、不安や恐怖と付き合わねばならない我々のために観音さまは姿を表す、ということも、昔とまったく同じなのです。

百観音明治寺 住職 草野榮應







   ひとくち伝言板   


平成13年(2001年・仏紀2566年)6月の行事ご案内



6月3日(日) 午前9時より  写経の会・法話

6月6日(水) 午後1時半より  法話の会

6月17日(日) 午後1時より  月例 百観音法要
               〜 観音経読誦と経典講座 〜

6月13,27 日(水) 午後6時半より 静寂に坐る、坐禅の会




7月29日(日)午後6時より

 恒例 百観音献灯会(ひゃっかんのんけんとうえ)
・境内の石仏にお灯明をたくさんあげて供養し、飢えた子どもの救いを祈る行事・

 毎年同じことを続けていますが、同じようにしようと思っていても年々どこかが新しい、不思議な行事です。定番のガムラン演奏と舞踊、野外映画やミニ夜なども、なくてはならないものとなりました。どうぞ、おたのしみに。



 5月23日に、新緑の足利を楽しんでまいりました。あいにくの雨でしたが、かえってゆったりと、瑞々しい新緑を楽しむことができました。
 足利学校はよく整備され、萱葺きの建物が美しかったです。屋根を葺いた大量の萱は、大部分が御殿場産だそうです。富士のすそ野に広がるすすきの原を思い出しました。富士はやはり「ニッポン」の心強い供給源であったのです。
 そして、鑁阿寺(ばんなじ)。説明を聞いて驚いたのですが、天龍寺や東福寺を始め、金閣、銀閣など、京都観光のドル箱の重要なところを築いたのは足利一族の系譜であり、そのルーツを辿ればこの鑁阿寺にたどりつきます。
 京都というのは、地方に発した権力の吸収装置であり、そこに権謀術策が渦を巻き、その産物として華やぐ文化が産み出されてきた、というようなことを思っておりました。(その時、わたしは司馬僚太郎になっておりました。)
 ちなみに、案内の方の口からインド学で高名な足利淳氏先生の名前まで出てきたので驚きました。イヤイヤ…恐れ入りました。

 切手・郵送料感謝録
杉浦暁美様、魚田順子様、阪本純子様、村井国郎様、ありがとうございました。

 走り梅雨のようですね。どうぞご自愛のほどを。




東京都中野区沼袋二ノニ八ノ二〇
百観音明治寺 草野榮應