ひとくち伝言 平成13年7・8月(122号)




 松崎慈恭僧正著「八段章」(大正六年)という冊子の冒頭に掲げられたお経の和訳が魅力的なのでご紹介します。これを教えて下さった松本要之助氏は、かつて毎月十七日の百観音法要には必ずお帳場に座り、参詣のご信者さん方を迎えてくださった、とてもおなつかしい方でございます。
 一番最初は懺悔(さんげ)の文で、書き下しも付ければこうなります。
我昔所造諸悪業 我むかし造るところの諸々の悪業は
皆由無始貪瞋痴 みな無始以来の貪欲、瞋恚、愚痴に由る
従身語意之所生 身と語と意より生じたところの
一切我今皆懺悔 一切(の罪)を我いま、みな懺悔したてまつる
これに、なんと次のような訳語がほどこしてあるのです。
うまれぬさきのむかしより わがなせしつみかずしれず
これみなぐちのこゝろより むさぼりいかりよこしまの
みちにまよひてかなしくも つくりかさねしとがなれば
こゝへきたのをさいはいに のこらずざんげいたします
 この言葉はただ目で追うよりも、抑揚をつけて読み上げると何倍も面白い文章で、次第に芝居の名文句のように思われて、しまいには開き直ったような力強さが出ているのが妙ですね。「してそのわけは…」とくれば、「こういうわけだ、聞いてください…」となって、思いもかけぬ懺悔話が展開しそうな具合になりますが、ここは脱線せずに次へ行きましょう。
 十善戒には、以下のようなことばが当てられています。
いけるものゝいのちをとらず あやふきものをたすけます (不殺生)
ひとのゆるさぬたからをとらず こまるひとをばすくひます(不偸盗)
おとこおんなのみちをまもりて みさををかたくたもちます(不邪淫)
うそいつはりをけふよりやめて したをきるともいひません(不妄語)
わがみのためになることあるも つくりかざりはいひません(不綺語)
われはもとよりたらぬとおもひ ひとのわるくちいひません(不悪口)
ひとのよいなかへだてるやうな わるいたくみはやりません(不両舌)
わがみのよくをほどほどにして ひとのためにもつくします(不慳貪)
おもふとほりにならぬからとて はらをたてずにこらへます(不瞋恚)
われらをおもふてときたまひつる ほとけのおしへをまもります(不邪見)
 言葉の背景にある伸びやかな明るさは、大正の時代の空気なのでしょうか。ひとを素直に信じられるような気にさせてくれることばだと思うのです。


百観音明治寺 住職 草野榮應







   ひとくち伝言板   


平成13年(2001年・仏紀2566年)7・8月の行事ご案内


7月
7月1日(日) 午前9時より  写経の会・法話

7月6日(金) 午後1時半より  法話の会

8日頃〜15日まで お盆お棚経(お棚経ご希望の方はお知らせ下さい)

7月17日(火) 午後1時より   百観音法要 並びに
                 盂蘭盆お施餓鬼法要(塔婆供養)

7月29日(日) 午後6時より  百観音献灯会

7月11,25 日(水) 午後6時半より 坐禅の会


8月
8月17日(金) 午後1時より   月例 百観音法要(読誦・法話)




 8日の日、百観音では近所の小学生の訪問を受けていました。空襲の跡の残っている銀杏の話や、境内の大木40本が1日に164・の水を吸い上げて空気を清めている話などをしていた頃、大阪の池田小学校ではあの恐ろしいことが起きていたのでした。後でその事件を知った時、同じ小学2年生を相手に話をしたばかりだったので、それはあまりにも衝撃的でした。この世の闇の深さを思います。
 この世の中は決してよいことばかりがあるわけではなく、それはまさに泥んこの沼のようであって(ここは沼袋という地名だし)、「右を見ても左を見ても、真っ暗闇じゃあござんせんか」という歌もあったんだよという話をせざるを得ないのですが、お庭の観音さまが蓮の花を持っているのは、「この世をどろ沼と思えば思うほど、ひとつでもふたつでも、美しい花を咲かそうね」という意味なんだと、説明することを常としております。
 眉をひそめて「まったくねえ…」と嘆くことは誰にもできますが、しかし「まったく…」だからこそ、ひとつでも多く花を咲かさなきゃ、あるいはひとつでも余計に灯明を灯さなきゃ、ということに思いをつなげたいものです。
 というわけで、今年の献灯会も恒例のごとく「こどものしあわせ」をみんなでいのるお祭りとしています。闇が深いほど灯明は明るく灯る、このパラドックスを不思議な気持ちで見つめることになるのでしょうか。ともかく皆さんでたくさんの灯明をあげていただきたいとお願いをしております。よろしくお願いいたします。

 切手・郵送料 感謝録 ありがとうございました。
畠山敏子様、杉浦暁美様、魚田順子様、桑山幸子様、松本善子様、笠木千束様、望月由美子様、藤田美奈子様、(野田瑠璃子様)ほか。また、別な形で「ひとくち」に対し、お気持ちを寄せて下さる方もあり、お礼を申し上げます。




東京都中野区沼袋二ノニ八ノ二〇
百観音明治寺 草野榮應