ひとくち伝言 平成13年10月(124号)




 仏教聖典(友松圓諦著、講談社文庫)より、釈尊と軍隊の話を紹介します。
 釈尊、つまりお釈迦様はカピラ城を都とする釈迦国の王家の出身でした。近くにはパセーナディ王の治めるコーサラ国という強大な国がありました。パ王は、武勇の誉れ高い家柄との縁を望み、釈迦族の王家から妃を迎えたいと、使いをよこしてきたのでした。
 釈迦国では家臣が会議をしました。無下に断れば報復される、しかし血統に由緒を欠く相手との縁組を強いられるのは屈辱だということで、進退極まっていたのですが、マハーナーマ長者が一計を案じました。かねて彼の家に仕えていた小間使いとの間に子があり、美しい娘に成長していたので、その娘を王家の姫君に仕立てて、守備よく嫁入りさせてしまったのでした。
 パ王は喜んで妃を迎えました。ほどなく王子が生まれ、ヴィドゥーダバと命名されました。ヴィ王子が長じて八才になると、王は王子に母親の実家へ行って、弓術の修練に励んで来るように命じました。何も知らない王子は釈迦国へ来てみて、驚きました。一昔前の事情を知る市民はヴィ王子に対し、「卑しい血筋の者がこの会堂に入ることは許さん」などと罵り、小突きまわして、衆目の前で激しい屈辱を与えたのでした。
 ヴィ王子は怒りを燃やし、「見ていろ、もし俺が国王になったときには、必ずあいつらを皆殺しにしてやる!」と、心に誓い、憎しみをかき立てながら日々を暮らしたのでした。やがて父王から王位を奪い、国軍を掌握した時、彼はいよいよ積年の恨みを晴らすべく、出陣の日を迎えました。
 軍隊が通ることを知ると、釈尊は街道沿いの枯れ木の下に坐しておられました。ヴィ王はこれをあやしみ、礼拝して尋ねました。「世尊よ、どうして枯れ木の下に坐しておられるのか」。世尊は答えました。「我が親族の木陰は涼しい…」。その木は釈迦族を象徴するニグローダ樹でした。枯れたその木に、釈迦国の悲しい運命を見ておられたのです。ヴィ王は三度出陣しましたが、三度ともそこに釈尊の姿を見出し、聖者の姿があれば引き返しすべしというジンクスに従って、軍を返しました。しかし、四度目にはもはや、そこに釈尊はおられませんでした。滅ぶべき因縁にあるものは、もはや何を以てしても止めようがないからでありました。「仏の顔も三度まで」はここから出たのですが、意味は今の使い方と随分違いがあるようです。
 今度のテロ事件についても、善悪を一旦離れて、冷徹な目で憎しみの鎖の元をたどってゆけば、長い長いお経が書かれていそうな気がします。

百観音明治寺 住職 草野榮應







   ひとくち伝言板   

明治寺;〒165-0025 東京都中野区沼袋2-28-20



平成13年(仏紀2566年・2001年)10月の行事ご案内


10月7日(日) 午前9時より  写経の会・法話

10月17日(水) 午後1時より   百観音法要

10月10,24 日(水) 午後6時半より 坐禅の会




 11月25日(日)午後6時半より

篠笛と秋の夜長の人情話
場 所:百観音本堂
入場料:3000円
出 演:大野利可(篠笛)、金子弘美(篠笛)
ゲスト:冷泉公裕(語り)
しんみり深まる晩秋の夜、金色に色づいたイチョウに照明を照らして篠笛に載せてこっくりと、人情話に耳を傾けてみたいと思います。
大野さんの笛の音も冴えと深みを増して、ベテラン俳優の冷泉さんの語りもいよいよ陰影豊かに、久保田万太郎の世界をくりひろげます。
あなたの心にどんな人情がとどくでしょうか。どうぞ、お楽しみに…

 9月11日は、衝撃の日として長く記憶されることでしょう。21世紀の最初の年が、こんな大きな事件によって飾られることになろうとは思いも寄りませんでした。2000年の1月1日にコンピューターが狂って、ミサイルの誤発射や原発の事故が起こるかも知れないという心配は杞憂だったと、その大騒ぎぶりが揶揄されたのはついこの間のことでしたが、これだけ世の中が便利になっても、我々は決して未来を予測することはできないのだということだけは、ますますはっきりしたようです。
 これが去年起きたことならば、世紀末のせいにして、さばさばと新しい世紀に滑り込むこともできたのに、何しろ正真正銘の新世紀最初の年ですからね、これには出鼻を挫かれたという思いがします。
 ダライラマ猊下は、アメリカ大統領に対して、暴力によらない解決の方法を取るようにとメッセージを出されました。また、アメリカ国内の、テロ事件の犠牲者の親からさえ、怒りに任せた暴力による報復だけはしないようにと、大統領あてのメッセージが出されたりしています。もしそうしたら、アメリカがあの憎きテロリストと同じ次元に落ちてしまうではないか、それだけは絶対にしないでくれ、という叫びだったのです。これには胸を打たれました。
 今度の事件をどう読み取りどういう言葉を発するかは、宗教者にとって大きな試練となります。ただの平和論ではなく、これだけの大きな恐怖と怒りと不安にしっかり向き合った上で、どう乗り越えてゆくのか、答えのない方程式です。

 切手代感謝記録 ありがとうございました。
杉浦暁美様、魚田順子様、徳弘史多様、藤田美奈子様ほか。




百観音明治寺 草野榮應