ひとくち伝言 平成13年11月(125号)




 記憶などというものは過ぎ去った世界のものですから、生きてゆく上で、本質的にはそう大して重要なものではないのだと思いがちです。しかし記憶を失うとはどういうことなのかを知ると、けっしてそうではないということがよく分かります。坪倉優介著「ぼくらはみんな生きている」(幻冬舎刊)は、そんなことについて深く教えてくれる本でした。
 彼はバイクで大学に通う途中、交通事故に遇って意識不明となり、辛くも命は取り留めたものの、重度の記憶喪失になりました。言葉を失うことはなかったのですが、生まれた時から営々と築き上げてきた、自分と世界の関係を取り結ぶ仕事を、最初からやり直さなければならなかったのでした。
 「いままで見たこともない人が、家にきて、事故まえのぼくのことを話して、かえっていく。どうしてあの人たちは、ぼくのことを知っているのだろう。」いつも家の中にいる人にきくと「それは友だちだから」と言った。それに、友だちでも、とくべつなかがいい人のことを、親友と言うこともおしえてくれた。だとしたら、この人たちも、いつもやさしくしてくれるから親友なのだろうか。そうきくと笑って、「アルバムをもってきてやれ」と言った。…(あんたも親友かときかれた親父さんは、笑うしかなかった…)。
 アルバムをめくりながら「これが三歳のころのゆうすけ、これが五歳のころのゆうすけ」と説明してくれる。よく見ていると、ゆうすけと言われるものの形がどんどんかわっていく。そしてさいごは「高校生のゆうすけ」までいった。もういちどアルバムの、さいしょにもどって見てみる。すると、よこにいる人が「これがかあさん、そしてかあさんに抱かれているのは、赤ちゃんだったゆうすけよ」と言った。その人の目や、笑う口の形はやさしくて、いつもゆうすけという人を見つめている。その人の目は、いまここにいる人と同じではないか。
 そう思うと、なにかが背すじを通っていく。それを声に出したい。だけどなんて言えばいいんだ。するとその人は、やさしく笑いながら「かあさんだよ」と言った。それをきくと、ひっかかっていたものがなくなっていく。胸があつくなる。そして口がかってに動いた。「かあさん。ぼくのかあさん。」
 以上はこの本の一節です。記憶を失うということは過去ばかりではなく、現在の全てをも失うのだということが如実に示されています。だからこそ、世界とのつながりの回復のためには、「おまえはこの世界に迎えられているよ」という母親の愛情が、まず何よりも必要だったのでしょうね。

百観音明治寺 住職 草野榮應







   ひとくち伝言板   

明治寺;〒165-0025 東京都中野区沼袋2-28-20



平成13年(仏紀2566年・2001年)11月の行事ご案内


11月4日(日) 午前9時より  写経の会・法話

11月6日(火) 午後1時より  法話の会

11月17日(水) 午後1時より   百観音法要 ならびに
         大護摩供−境内石仏総供養

11月14,28 日(水) 午後6時半より 坐禅の会

11月25日(日) 午後6時半より 秋の夜長の篠笛と人情噺
             大野利可(篠笛)/冷泉公裕(語り)




 11月25日(日)午後6時半より

秋の夜長の篠笛と人情噺
場 所:百観音本堂
入場料:3000円
出 演:大野利可(篠笛)、金子弘美(篠笛)
ゲスト:冷泉公裕(語り)

 すでにご案内のとおり、11月末の日曜日にはちょっとした志向で晩秋の味わいを楽しもうと思います。以前に美しい篠笛を聴かせていただいた大野利可さんと、ベテラン俳優の冷泉公裕さんを迎えて、心がほくほくするような時間をご用意したいと思っています。冷泉さんは、寅さんの映画や、「北の国から」や、その他いろいろなドラマに出演しており、味のある役をこなしておられる方です。
 このような催しを時々させていただく理由は、東京の市街地の中で、防音装置もないのに静かな音に耳を傾けることができる場所なんて、とても貴重だと思うからです。静かだということは、大きな宝だとつくづく思います。いつまでこの宝に恵まれるか分かりませんが、恵みは大切に頂戴したいと思っています。

 アフガン情勢は、いよいよ難しい様相を呈してきました。あの荒れ果てた廃墟の国アフガンが、たった30年前には美しい緑の国であったなんて、とても信じられません。おそらく麻薬栽培に手を出してからすべてが狂ったのでしょう。「小麦より十倍も儲かる」と、農民がこぞって作りだしたそうです。ソ連の介入や果てし無い内戦を呼んだ大元の原因が、やはりあったのですね。
 ただし、情報のすべてが我々に示されている訳ではありません。軽率な判断はしない方がよいと思いますが、とにかく気が重いことは確かですね。
 添え護摩の木に「世界の平和」と書いて、郵送してくださった方がありました。

 切手代感謝録 魚田様、杉浦様、野田様、高貴様、窪寺様、ありがとうございました。




百観音明治寺 草野榮應