ひとくち伝言 平成13年12月(126号)




 本堂にある鳴りものと言えば、第一に馨子(けいす) つまりカネが思い浮かぶでしょう。それはどういうときに鳴らすのかと改まってきかれると、答えるのが案外難しくて、「慣例に従って、然るべきところで然るべきように鳴らします」ということに尽きると思います。考えてみると、要するにお経の節目など、ちゃんと「決まる」ところで鳴らしているわけです。
 法要の始まる時にまずカネを鳴らし、その余韻が「かぁーん…ん…」と続くと、音が静まってゆくにつれて、だんだん心の中の雑音も消えてゆくような気がします。あるいは心が開放されてゆく、という感じかも知れません。それは、本尊に向かう我々の心の準備ともなるし、多分本尊さんにとっても大切な間合いであると思います。
 お経が始まってから鳴らすカネは、やはり何らかの節目の合図であると言ってよいでしょう。トンネルや鉄橋にさしかかると「ポォーッ」とならす、列車の汽笛みたいなものかも知れません。また、真言などは繰り返し唱えるので、サインがないと一同が揃って終わることができませんから、合図のカネは破綻なく推移するためにとても大切なものとなってきます。
 お経が終わって、最後に回向を念じながら鳴らすカネがあります。それは念じる思いを、カネの響きに載せて本尊さんへ届けるような気持ちで鳴らします。そうやって念を送りつつ、響きが静かに消えてゆくのを待つあいだ、微かになった音を聴きながら「まだ鳴っている…」と思い、なお小さくなった音に、「まだまだ鳴っている…、まだ…、…」と耳をそばだて、完全に鳴りやむまでじっとしていることがあります。しかし完全に鳴りやんだと思っても、犬や鼠の耳には聞き取れるような音がまだ鳴っているはずで、さらにそれがやんでも、きっと微かな振動はなお続いているにちがいありません。そうやってカネの音は、からすの声や街の音、風の音、雲が流れる音や地球が回る音に溶け込んでゆくに違いありません。その音は決して消えるのではなくて、我々の耳には聞こえない、大きな響きの中に溶け込んでゆくだけなのだと思うと、意味の深いお経があげられるような気がしています。
 ノヴァーリスの言葉に立ち返ります。「すべてのみえるものは、みえないものにさわっている。きこえるものは、きこえないものにさわっている。感じられるものは、感じられないものにさわっている。おそらく、考えられるものは、考えられないものにさわっているだろう。」
 今、いちょうの葉が静かに散ってゆく音が、かすかに聞こえます。

百観音明治寺 住職 草野榮應







   ひとくち伝言板   

明治寺;〒165-0025 東京都中野区沼袋2-28-20



平成13年(仏紀2566年・2001年)12月の行事ご案内


12月2日(日) 午前9時より  写経の会・法話
             (気の早い年越しそば)

12月6日(木) 午後1時より  法話の会

12月17日(月) 午後1時より   百観音月例法要
         納めの観音法要・法話と懇談

12月12,26 日(水) 午後6時半より 一年を振り返る、坐禅の会




 写経の会の終了後、恒例により先取りの年越し蕎麦をいただくことにします。
 私は「もう1カ月しかない」と言うよりは、「まだ1カ月も残っている」と言うことにしています。今年はまだ13か月も残っているとうそぶく人もいて、一周遅れで走っているランナーのつもりでいればいいじゃないかと思うわけです。普段は数え歳を用い、この頃だけ満年齢を使うという人もいます。
 いずれそのうち、「あと10年若ければなあ」と思う日がくるはずです。10年後にそう思うとすれば、今がその「10年若い時」であります。そう思えば、今をもっと尊べばいいわけです。こんなことを言うのは、焦っている証拠ですかね。

 先月の篠笛と人情噺の夕べは、よかったですね。見事に黄葉したいたいちょうがライトに照らされて、厳かに夜の闇に浮かび上がりました。その下にたたずむ大野さんと金子さんの着物姿が幻想的で、遠くからかすかに聞こえる笛の音というのはなんと人の気持ちを引きつけるのでしょうか。
 久保田万太郎の人情話、これも印象的でした。「人情」という言葉がすでに死語同然の世の中で、人知れず胸の内に秘めた男の思いを、わかる者だけが黙ってわかっていればよい、という世界が語られました。

 アメリカのテロ事件とアフガンの戦争については、何も言うべき言葉がみつからない雰囲気になってきました。世界は怨みと報復の、新たなる連鎖の中に足を踏み入れたことだけは確かです。タリバンが崩壊しても、その後の混乱状態を、一体誰がどうやって収めるのかを考えると、気が遠くなります。
 難民の食料と医療のことが、やはり気になりますね。

 今年一年、「ひとくち伝言」および「ひとくち伝言板」をご愛読ありがとうございました。皆さま、とにかく、どうぞよいお年をお迎えくださいませ。




百観音明治寺 草野榮應