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ふたたび、全国浄土宗青年会編「伝えることば」のお世話になります。
『幸福を得る唯一の途は、幸福を人生の目的としないことである』 JSミル
この言葉にはなるほどと思わせるものがあります。ねこと同じで、「呼ぶと来ないが、呼ばないと来る」というのに似てるでしょうか。これを読むと、いま幸福でないと思っている人もほっとするでしょう、幸福だと思っている人は、人生のもっと先を見ようとするかも知れません。仏教の出発点である「苦」の認識も、案外これと近いところにあるような気がします。
『或人は正直者が損をすると言った。そんな損ならしてみたい』 武者小路実篤
ひとが嫌うものをあえて引き受けようとするところに、目から鱗の感があります。もっとも、正直者が損をするならそれだけで済みますが、不正直者が万が一損をした場合には、全てを失うことになるのですね。食品のラベル張り換え事件が教えてくれました。正直者が損をする、それでいいんだと。
『そういう損なら、わたしは毎日やっている』 草野榮應
多分みんな、そう思って暮らしているのでしょうね。そう言えることの仕合わせというのも、きっとあるに違いありません。
幸不幸について、次のような言葉を聞くと、ただ黙るほかはありません。
『どんな不幸をすっても、吐く息は感謝でありますように』
これは自分自身がこうありたいと祈る言葉です。でも世の中には、こういう言葉すら吐かずに、黙って実行している人もいるのですね。そのことは心のどこかに留めて、常に忘れないでいたいと思っています。
『花が咲いて、おこる人はいない』
花が咲いて怒りだす人がいたら是非会ってみたいものです。これは理屈抜きですね。私の祖母は茶室にかざる地味な花々をいつくしんでいました。例えば春蘭、翁草、バイモ等々。そんな地味な花のどこがいいのかと不思議でしたが、それらが咲くと祖母の喜んでいた姿を思い出し、近頃は花がかわいいなと思う気持ちの一端が分かるようになってしまいました。『花びらは散っても、花は散らない(金子大栄師)』、そういうこともあるんですね。
『危険に対する恐怖は、危険そのものよりも恐ろしい』 ローデシアの諺
観音経の大切さはこの言葉に尽くされています。世界史の中で、恐怖の果たした役割は巨大なものがあります。広島長崎に落とされた核兵器は「敵が先に作ったらどうする」という恐怖の産物だったといいます。
最後に、『そーっと両手を合わせると やさしい心に出会えます』
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明治寺;〒165-0025 東京都中野区沼袋2-28-20 |
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◆3月 3日(日) 午前9時より 写経の会 ◆3月 6日(水) 午後1時半より 法話の会
◆3月17日(日) 午後1時より 百観音法要 並びに ◆3月13,27日(水) 午後6時半より とにかくすわってみる、坐禅の会 |
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4月8日(月) 釈尊降誕会(花まつり) 午前9時〜夕方 花まつりコンサート 「春の吟遊詩人」 4月8日(月) 午後7時開演 入場料:前売り3000円/当日3300円 チェンバロ演奏: 武久源造 ほか 於本堂 〜幼い難民を考える会を通じ、収益をカンボジアの子どものために使います〜 |
また年がめぐり、8回目の花まつりコンサートとなります。内容も年ごとに充実の度合いを深めており、今年も是非大勢さまのおいでをお待ちしたいと存じます。
また例によりまして、楽器運搬・設営等の経費のために、1口1万円のご協賛をお願いできれば幸いです。そうしますと純益をそのまま、カンボジャの子供のために寄付できることになりますので、どうぞよろしくおねがいいたします。
先日も演奏家の武久源造さんと語り合いました。世界の歴史から洋楽と演歌について、宗教と民俗について、テロ事件後の世界について、鉄腕アトムやウルトラマンについて、さんざん話した挙げ句、ミレニアムのあの騒ぎは何だったのだろうか。
今年は足を地に付けて、また地道にやってゆこうという話になりました。