ひとくち伝言 平成14年9月
(百三十三号)


 七十二歳のご婦人が幼年時代を振り返って、こんなお話をしてくれました。
 まだ小学校へあがる以前の頃、その方のおばあちゃんはよく「おまえも一緒に行くかい」と、お寺の説法に連れて行ってくれました。昔のことですから家にいても子供の楽しみがあった訳でもなく、行けば飴玉がもらえるという楽しみに釣られて、よく手を引かれて行ったのだそうです。
 お説法で聴いたお話の中には、すんなりと心に入ってきて、とても印象に残っているものがあったそうです。それは人として生まれるというのは難しいこと、得難いことだというお話でした。
 どんなに難しいかという譬えが面白くて、ここに一本の縫い針があるとしますね。木の枝にひっかかっているのか、地面に横たわっているのかはわかりませんが、そこへ天から一本の糸が垂れ下がってきて、その針の穴を通ったといたします。風にふわふわなびくこともあるだろうし、そんなことはまず、気の遠くなるほどあり得ないことだけれども、仮に万が一あり得たならば、それは誠に誠に珍しいこと、何と言いましょうか、とてつもなく希有なことであります。だけど「わたくし」が一人の人間としてこの世に生を受けたということは、それよりももっと得難いこと、つまり有り難いことなんだというわけであります。生きているというのは、もうそれだけで大変尊いことなのですよ、そういうお話でした。
 そのご婦人は七十二歳になる今日までそれを忘れることなく、折りにふれてはその話を思い出しつつ、人生を歩んでこられたことになります。それはきっと、おばあちゃんの手のぬくもりや、愛され慈しまれていた懐かしい幼年時代の思いでの一コマとして、大事に心の中にしまわれていたのでしょう。だから、「どんなに辛いことがあっても、自殺をしようなんていうことはひとつも思わずに、今日までこれたんですよ。」と、その方はおっしゃるのでした。七十二歳になるまでには、戦争もあったし、食料難もあった、それは辛いことを山ほどくぐりぬけなければならなかったはずです。でも、その方の人生は、ちゃんと護られていたのです。
 「人身受け難し、今すでに受く」という言葉が、お経を頂く時の、最初の出発点です。ともすれば、至極当然のこととして見過ごしてしまいがちなことかも知れません。しかしそのことがしっかりと心の底に据えられるとき、それはその人のすばらしい宝物となって、一生涯を守ってきてくれたということなのでした。私は思わず、「ふーっ」とため息をついて、この単純なことの重大な意味を味わっておりました。

(ぼだい513号投稿より抜粋)


百観音明治寺 住職 草野榮應