平成18年11月


ひとくち伝言 平成十八年十一月(百五十号)

 このひとくち伝言にも一度か二度登場した我が家の飼い猫が、とうとう今年の夏に逝きました。二十歳と四ヶ月でしたので、人間に例えると百歳くらいのおばあちゃん猫です。去年の年末にはかなり衰弱し、全くエサを食べられなくなってしまいましたので、「もしかしたら年は越せないかもしれないなぁ」と思っていたのですが、医者も驚くほどの驚異的な回復力で持ち直し、新年どころか夏まで生き抜いてくれました。医者に「妖怪ですね」とのお墨付きをいただいたほどです(笑)。

 実は私、この猫にちょっとした恩があります。

 私が中学三年生のころの話です。そのころの私は、今で言う引きこもりの真っ最中でした。思春期の通過儀礼のようなものだと今では思うのですが、学校に行かず、家族ともあまり話さない。部屋からほとんど出ないで、ひたすら自分の世界に閉じこもった時期がありました。両親も、どう接したらよいものか、いろいろと悩んだそうです。薄い扉一枚が、ものすごく分厚い壁のようだったとのことでした。ところが、そんな分厚い壁も、我関せずといった風にすり抜けたのが、その猫でした。

 私は、心の扉と一緒に物理的な扉も閉め切っておきたかったのですが、猫はカリカリと扉を引っかき、「開けろー」と要求してきます。こちらはせっかく「一切は過ぎて行く」だとか「ただ煩悩の火と燃えて、消ゆるばかりぞ命なる 」などと人生に苦悩してるつもりで現実逃避をしていたいのに、何も考えていないような、脳天気なニャーという鳴き声がうるさくてそれどころではありません。仕方なく扉を開けてやっても、猫は何をするでもなく部屋を一回りして、また出て行きます。きっと自分の縄張りの巡回だったのでしょう。そんなことがしょっちゅうありましたので、私は部屋の扉を少しだけ、猫が通れるくらいの幅だけ開けておくようになりました。

 やがて引きこもりの時期も終わり、また学校へ通うようになったのですが、今思えば、猫のために開けていたその隙間が、私と外の世界を繋いでいたような気がします。そして、扉を開く取っ掛かりだったのかも知れません。少し大げさですけどね。

 猫は、私のことをなんとかしてやろうなんて全く考えていなかったでしょう。実際、猫がやった事といえば些細な事です。もしかしたら些細な事だから良かったのかも知れませんが、その些細な事が人を救う事もある。ちょっとした事が、物事を動かすきっかけとなる。そう教えられたような気がいたします。

                                                  (榮雅)




ひとくち伝言板

9月〜11月の行事予定

11月5日 (日) 午前9時より  写経の会
11月17日(金) 午後1時より  月例法要 並びに 石仏総供養
    護摩札をご希望の方は前もってお申し込みください。1本3,000円です。

12月3日 (日) 午前9時より  写経の会
   (早めの年越し蕎麦を皆でいただきます)
12月17日(日) 午後1時より  月例法要(納めの観音法要) 

1月1日 (月) 午前6時より  修生会(しゅしょうえ)
1月7日 (日) 午前9時より  写経の会
1月17日(火) 午後1時より  初観音大護摩供


◇11月17日の法要は、本堂で護摩を修した後、境内の観音様の総供養をいたします。
護摩札をご希望の方はお電話かFAX,eメールなどで、前もってお申し込みくださいませ。

◇11月9日、NHKの夕方の番組で、明治寺慈音会の会員である栢森さんと当山の永代供養墓(多宝塔)のことが紹介されました。特集のテーマは 「自分らしい墓」でした。
放送直後から問い合わせの電話がひっきりなしにかかってきまして、お墓に対する世間の関心の高さを窺い知る事が出来ました。