| ひとくち伝言 平成二十年一月(百五十七号) 勝彼世間音 是故須常念 平 成 二 十 戊 子 年 西暦二〇〇八年 仏暦二五七三年 元 旦 数年前、私は福島市古関裕而記念館を訪ねました。大作曲家古関裕而氏の年譜、作品、業績、郷土愛などなど、展示されている一つ一つに感動しました。氏は平成元年八月に八十才で亡くなるまでに実に五千曲もの曲を書いたそうですが、私にとって忘れ得ない一曲は、昭和三十九(一九六四)年に開かれた東京オリンピックの開・閉会式で演奏された「オリンピックマーチ」で、このマーチとともに国立競技場に入場する各国の選手たちの行進の様子が懐かしく思い出されます。まだ白黒テレビだった頃の各競技の実況放送も、感動の場面の連続でした。あれからもう四十四年の月日が流れましたが、開催国は異なるとはいえ閏年に開催されるオリンピックの度に氏を思い出す方も多いのではないでしょうか。北京五輪が近づくにつれて福島市音楽堂に隣接する同記念館も賑わいを増すに違いありません。国内外の情勢が複雑かつ多様化し、混沌の度合いも益々濃くなりつつある昨今、古関氏の純粋で豊かな心、隣人を山河を愛 する生き方を手本にしたいと思います。 表題の「勝彼世間音」「是故須常念」は観音経の偈文の一節で、(観音さまのお声は)彼の世間の音にも勝れり、是の故に須く常に念ずべし と解釈されることが多いようです。「彼の」は「あの」「例の」と同義ですが、ここでは「どのような」の意味と考える方がわかりやすいかも知れません。常に観音さまのお姿を瞼に浮かべ、お声を聞き、観音経の響きに浴することにより自らを観音(観世音菩薩)と一体化する ことができる、そのように須く念じ願うことにより信心が深まり培われる…と。 法要の終わりにお唱えする『回向文』というお経があります。 願以此功徳 普及於一切 我等与衆生 皆共成仏道 これを「願わくは此の功徳を以て普く一切に及ぼし我等と衆生と皆共に仏道を成ぜんことを」と訓読みでもお唱えしますが、お経は仏さまが呼びかけてくださっていることばであると知ることが大切だと思います。もちろん『回向文』も同様で、それは「我等」は仏さま方ご自身を、「衆生」は仏に手を合わせる私たちを指すところに顕れています。「我等」は決してお経を唱える私たちのことではないということです。しかも、皆共に手を携えて(仏と一緒に)仏道を究めるべく精進を重ねようではありませんか!と呼びかけてくださっているのです。観音経の「常に念ずべし」も全く同じお立場でお薦めくださっていることばなのですね。そのお力を戴くためにも「念彼 観音力」と繰り返し唱え、ご自身の内に昏々と強さの湧き出づることを念じ『回向文』 の意味をも噛み締めていただきたく存じます。 万人の苦を除く願いを抱き、遍く楽を施すための大きな希みを持っておられる尊い「観音さま」を私たちは心の支えとし、これからも変わらぬ信仰の道を歩み続けたいと思います。観は心(の目)でみる意味に解釈いたします。広く大きな心で世の中を見、毎日を大切にお過ごしくだされば幸いでございます。平成二十年が安心の一年となることを願い、併せて皆様の益々のご健勝とご精励をお祈り申し上げます。 知明拝 平成二十年 行事ご案内 毎月十七日の法要はすべて午後一時からです |