ひとくち伝言 



平成9年4月(79号)



 山口長男という偉い画家がおりました。
 その先生は、貧乏している教え子の画家達にー枚ずつ、サラサラと小品を描いて与えるのを常としておりました。もちろん「これを励みにしなさい」という意味に取った弟子もいたでしょうが、ご本人も青年時代は長く貧乏だったことを考えれば、「暮らしに困ったら、これを売りなさい」というのが、その趣旨だったようです。山口先生は、特に海外で高い評価を得ていたし、国立近代美術館も買い上げた程の画家でしたから、小品でもそれなりのものであったのです。
 この話は大げさな美談ではないにしても、ちょっといい話だなと思うのです。これは山口先生の弟子だったある人から聞いたことでしたが、「あんな風にされると余計手放せなくなる。」と、彼は言っておりました。

 こんなことを思い出したのは、ある物語が心に懸かっていたからでした。それは『法華経』の中の「五百弟子受記品弟八」という章の中のお話です。
 ある男が友人の家を訪ね、御馳走になります。男はすっかり満足して、気持ちよく居眠りをしています。その家のあるじは男の行く末を案じて,そっと気付かれぬように高価な宝石を衣服の端に縫い付けておき、そのまま所用に出掛けてしまいます。男はその家を辞し、他国へ流れ歩いて行き、やがて貧窮して、日々の暮らしにも難儀するようになっておりました。あくせくと報われぬ苦労をしながら、それでも僅かばかりの衣食にありついて、その日その日の小さな安逸を得ておりました。

 ある時,男は友人とばったり出くわします。友人が言いました。
 「私は君が苦労しないですむようにと思って、君の衣服にとても高価な宝石を縫い付けておいた。なのに、それにも気付かずにあくせくと苦労していたのかね。それに気付いていれば、早く町へ行ってそれを売り、もっと豊かに幸せに暮らしてゆけるのに……。」

 これは『法華経』がつくられた当時の、大乗仏教を讃える文脈で用いられた話ですが、現代の私たちにも大切なメッセージになっていると思います。今までの時代は、社会も教育も、自分の中に無いものを懸命に求めようとしていた時代だったように思います。しかしこれからは、自分の手の内にすでにある宝物を再発見することを「豊かさ」と呼ぶ時代でありたいと思います。
 野茂投手の、「日本では、球は速いがコントロールが悪いと言われ続けた。だけどアメリカでは、球が速いことだけ言ってくれる」という言葉に、私はとても大きな意味を感じてしまうのです。

(栄)












   一口伝言板    東京都中野区沼袋2−28−20
百観音明治寺 草野榮應




 4月の行事ご案内

4月6日(日)午前9時より写経の会
4月8日(火)──終日──降誕会・花まつり(甘茶かけ)
   同午後6時半よりチェンバロ・コンサート
演奏/武久源造ほか
4月17日(木)午後1時より百観音月例法要と法話
4月29日(火)(みどりの日)慈音会・多宝塔供養
4月9.23日(水)午後6時半より坐禅の会
4月6,20(日)午後4時より「阿字観」入門(英語版)



※ 花まつりコンサートのお知らせの都合上、いつもより早めに発送させていただきました。通称「花コン」は、献灯会とともに大変好評をいただいている行事です。
 どうぞお誘い わせてお出かけください。

※花まつりコンサートを共催しているCYR(幼い難民を考える会)について、ご紹介します。

 1980年の頃、カンボジアの内戦を逃れてきた7 0万人が難民となって、タイとカンボジアの国境地帯にキャンプができたのをご存じと思います。その中でも、内戦によって親を失ったり、心身に深い傷を負った子供たちをケアすることを任務として、保育ボランティアの活動体が発足しました。それがCYRです。その後、キャンプは解消しましたが、戦後の荒廃から立ち直り、平和な社会を再建してゆくための人材を育てるためには、まだまだしなければならないことが沢山ありました。なにしろ、カンポジア一国の主要な部分を坦うべき世代がすっぽり、殆どゼロになってしまったのですから、国を再建してゆくことは気の遠くなるような話です。
 それでも地道にコツコツと、幼い世代から育ててゆこうというわけで、カンボジアとタイにそれぞれ幾つかの幼稚園や保育所を建設したり、運営の支援を行ない、あわせて保育者の養成も続けてきました。また、村の収入につながる事業の支援や、国内でも、日本定住者の相談や支援、阪神大震災被災地での幼児保育なども行ってきております。
 この団体は、国連の難民高等弁務官の要請を受けて発足したものですが、公的補助金の他、各個人や企業・団体の寄付で運営されております。残念ながら協力している宗教団体はほとんどがキリスト教関係で、仏教関係には存在があまり知られていないのが実情です。寺院関係はまた別に、それぞれ支援している活動があるのも事実ですが、CYRの支援先はまさに仏教国ですから、もっともっと仏教関係にもこの活動が知られるようになっていいのではないかと思います。

※もうひとつカンボジア情報をお知らせします。渋井さんという日本人僧がプノンペンのウナロム寺に住みこみ、子供たちを預かりながら学校を運営しています。最近も、日本の仏教関係の援助によって、図書館や印刷所を備えた校舎が完成しました。彼は、ポルポト政権による虐殺が行なわれた後にカンボジアに入り、累々たる遺骨を集めて供養をして回った人です。昨年は、森林伐採がひどいためにメコン川に洪水が起こりました。それを防ぐために植林を始めたいということで、目下、近いところからコツコツと木を植え続けたいと考えているそうです。
  ま、いろんな日本人がいるということを、知っていただきたいわけです。

※ 程なく百観音も桜に埋まり、桜の後はどっと新緑が吹き出す季節になります。
 新芽が銀緑に光る景色もいいものですね。どうぞ、散歩においでください。


合掌敬具