ひとくち伝言 平成9年6月(81号)



 尾上梅幸さん夫妻の三回忌の会でうかがったエピソードです。
 まず団十郎さんが思いでを語りました。梅幸さんが最後に演じたのは,「直侍」の花 魁三千歳で、団十郎さんはその相手役直次郎を演じたのでした。病気を押しての舞台 なので、ひと月の興行のうちの何日かだけしかつとめられないことを楽屋で悔しがり ながら、梅幸さんは年下の団十郎さんに丁寧に頭を下げて詫びたと言います。目下の 私にこんな丁寧に詫びを言ってくれるなんてと、その梅幸さんらしい律儀さがとても つらくて、胸に応えたとのことでした。そして、直次郎が追手をのがれて江戸を旅立 つ前に三千歳に一目会って今生の別れを告げようとするあの場面を演じながら、団十 郎はあの時の三千歳を「なんてかわいいんだろう」と思ったというのでした。役の中 での三千歳の一途さと、最後の力を振り絞って演じている老いた役者の命の可憐さが 重なり合って、いとおしさがこみあげてきたのだろうと思うと、しみじみとした感慨 が湧いてきたのでした。
その後に、花柳寿楽さんが思い出を語りました。多分六十年以上前になるはずです が、その頃年に一度は豊島園のグラウンドで、歌舞伎学校の先生チーム対生徒チーム が野球の試合をしたんだそうです。歌舞伎の役者たちが野球をするなんて、その取り 合わせが新鮮ですね。ユニフォームを着て、バットをかついで勢ぞろいしたんでしょ うか。先生チームのキャプテンは六代目菊五郎、生徒チームのキャプテンは梅幸さん だったそうです。試合は序盤から生徒チームが優勢に運んでいましたが、終盤になる と先生チームはやおら代打攻勢に出てきました。そこに登場したのが、水原、別所、 大沢等々、当代随一の名選手ばかりがぞろぞろ。今ならイチローや落合松井に相当す るすごい顔ぶれを、六代目は顔の広さに物を言わせて、次々と繰り出してきたのでし た。当然ながら試合はあっと言う間にひっくりかえされて試合終了となりました。そ の時、べそをかきながら「卑怯だ、卑怯だ」とくってかかっていったのが羽左衛門さ ん、それを「まあまあ」となだめていたのが梅幸さんでしたというのが、このお話の 結末です。一同は、「なるほど、なるほど」とうなずくことしきりでした。
 さすがに役者ですね、自分で残したエピソードにまできりりとメリハリがついて、 人を飽きさせないのですから。写真の中で梅幸さんは、珠子夫人と仲良く微笑んでい ました。久しぶりにお会いできたなあという感じを抱いて、満たされた心持ちで帰っ てきました。
(栄)












 一口伝言板  東京都中野区沼袋2−28−20
百観音明治寺 草野榮應




6月の行事ご案内

6月1日(日) 午前9時半より 写経の会
6月6日(金) 午後1時半より 法話の会(肩のこらない法話の集い)
6月17日(火)午後1時より 百観音月例法要と法話
6月11、25(水)午後6時半より 坐禅の会
          午後4時より(英語版)「阿字観」入門

東京都中野区沼袋二ノニ八ノ二〇
百観音明治寺 草野榮應 3386-3937番