ひとくち伝言 平成9年7・8月(82号)



 映画の字幕翻訳家、戸田奈津子さんが、サヨナラおじさんで有名な、あの淀川長治さんのことをお話していました。さすがにこの頃は、あの方も随分お年を召してきましたね。それもそのはずで、今年の四月で八十八才の誕生日を迎えられたそうです。歩いたりするのもいかにも危なっかしそうで、すぐに誰かの手を貸してもらってるそうです。しかし、実はそうするのは人が見ている時だけで、誰も見ていないとサッサと歩いているんだということです。(うっかりしてると、女性の手ばかり握っているのかも知れません)。それでもあの方独特のご愛嬌で通ってしまうんですから、歳をとるのも悪いことばかりではなさそうですね。
そしてもちろん、こと映画に関しては、その記憶力の良さには目を見張るものがあって、例えば子どもの頃たった一度しか見たことのない映画についてさえ、その筋書きから俳優や監督の名前から、カメラの動きまで、実に詳しく話してくれるんだそうです。もっとも、あんまり古い映画は正しいかどうか確かめようがないけれども、とにかく淀川さんは楽しく活き活きと、何十分でも飽きさせずに映画を語ってくれて、そして最後に別れるときには、いつでもかならずこうおっしゃるのです。
 「私は明日死にます。もうこれが最後よ、サヨナラ、サヨナラ…」と。これが口癖なのです。でも、手帳には映画の試写の日程が書かれていて、 「来週、この映画を見たいから、それまでは死ねない」と毎週毎週思うんだそうです。「いつもいつも『それ見るまでは、僕は死ねない』と言ってるうちに、こんなに長生きしてしまったんですね、ハイ…」。いたずらっぽく笑っている顔が目に浮かびます。
 ひとつのものが大好きで大好きで、それを一生涯あれほど好きで通してきた人というのもすごいですね。しかもそれさえあればあんなに幸せそうにしていられるということに、心を打たれます。猫でさえ時には刺し身を素通りすることがある位で、「いくら好きでも、今しばらくは、そのことから離れていたい」ということは誰にだってあるはずなのに。
 でも、淀川さんが映画を語っている姿を見ると、あの方はただ映画が好きだと言っているのではなくて、どんな映画からでも必ず学べる、というか、そのものの良さを見出すことができるということのしあわせを語っておられるのではないだろうか、そして実際にしあわせになって見せてくれているではないかと、そんな風に思えてくるのです。学んでいる人からこそ教わるんだということを、教わっているような気がしています。


(栄)












   ひとくち伝言板   




8月17日(日) 午後1時より 百観音月例法要 観音経読誦と法話の会

9月6日(土) 午後1時半より 法話のつどい 「ざんぱらりん劇場」来る

※ 金子公俊さん、通称「ざん」さんという人が、ちょっと面白い語り芸を披露してくれます。当日のプログラムは未定ですが、彼のレパートリーを列記しますと次のようなものです。
「よいお話、たのしいお話をより魅力的に、よりユニークに語り、演じ、 その世界の大らかさや豊かさにふれていただきたい」と、ざんさんは言ってます。どうやら彼独特の、興味深い語りの世界が展開するらしいです。 ちょっと覗いて見ませんか。
9月9日(日)  午前9時より 写経のつどい 通常通り

9月17日(水) 午後1時より 百観音月例法要 並 秋彼岸 お施餓鬼法要

9月14、28日(日) 午後4時より 阿字観のつどい

9月11、25日(水) 午後7時より 坐禅のつどい

 ※ 7月27日の百観音献灯会は、心配された台風がそれたため、大変助かりました。今年は地元商店街の格段の力添えがあったため、空前の人出で賑わいました。灯した灯明は約900個、ほや灯明を合わせると1000個になりました。風で消えてしまったものが多かったのがちょっと残念でしたが、大嵐で行事そのものがフイになるよりは遙に幸運でした。
 今年も無事賑やかに、この行事のできたことを感謝しています。 合掌
(あの暑さの中で、護摩を焚くのが大変でした。)

東京都中野区沼袋二ノニ八ノ二〇
百観音明治寺 草野榮應 3386-3937番