ひとくち伝言     平成10年4月(89号)





 身近な若い人が二人も、高野山へ修業に上がることになっているからでしょうか、私自身の修業時代のことがしきりに思い出されるこの頃です。修業がつらくなかったと言えば嘘になりますが、二十二年の歳月を経ても忘れられない思い出が沢山あるということそのものが、今となっては贅沢な幸せというものかも知れません。  道場へ入る前の日、山内の床屋できれいに頭を剃り上げてもらった自分自身の姿に、私は生まれて初めて対面しました。宿坊に帰ってからも鏡の前に立ち尽くし、これが本当に自分の顔なのかと信じ難い思いで、しばらく頭をなでておりました。ちょうどゆで卵の殻をはずすように、私はそれまでの自分の殻をくるりと脱ぎ捨てたのだと、その時は思いました。
 そもそも自分の名前さえ、その日からは全く新しい「榮應」という名前で呼ばれるのですから、自分が呼ばれたような気がせずに、狐に摘まれたようでした。自分の顔かたちが一変し、洋服から衣の生活に変わり、名前まで変わってしまうと、ここへ来たのは何かの間違いではないだろうかというような思いが付きまといます。そういう戸惑いに出合うこともまた滅多にできない経験でありました。そして、大体一週間か十日あれば大抵のことには慣れてしまえるものだということを、学びました。
 高野山専修学院は一年制で、毎年七十人が読経や仏教学に声明、それに修法と呼ぶ坐禅礼拝の行いに励みます。寺の跡継ぎ候補ばかりではなく、元校長先生や銀行員や消防署員や営業マンに鍼灸師と、実に様々な職業に就いていた人々が缶詰になり、一年間を共に過ごすわけですから、それは社会の縮図のようなものでした。言葉ひとつとっても、全国の方言が飛び交いました。人間に興味のある人には、そこは魅力的な世界でした。例えば大坂の繁華街で占い師をやっていたSさんは、お客さんにはいつも「信仰を持てば必ず運が開けるよ」と言い続けていました。そして、そう言っていた彼自身が、とうとう高野へ上がって来てしまったのです。いい話でしょう。
 般若心経を覚えるのはたやすものでした。なぜなら、お経をとなえなければ食事にはありつけなかったからです。修行中、むしょうに食べたいと思ったのは、鮭茶漬けと、葱がぱらっと浮かんだ熱い味噌汁でした。魚や葱は禁じられていたし、お経を読む間に汁は少しさめてしまうからです。今では、そんな他愛のないものにあこがれたのが本当に不思議ですが、私たちの心とはそういうものだということも学んだのです。

(榮)












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平成10年4月の行事ご案内

4月 5日(日) 午前9時より  写経の会

4月 8日(水) 降誕会(花まつり)/7時よりコンサート
4月 17日(金) 午後1時より  百観音月例法要と法話
4月 22日(水) 午後6時半より 坐禅の会
4月 12日(日) 午後4時より  英語版・阿字観入門(第2日曜)
4月 29日(水) 慈音会例会  多宝塔総供養




※4月8日(水)花まつり=降誕会(ごうたんえ)
お釈迦様の誕生日を祝って、花御堂に誕生仏をまつり、甘茶をかけてお参りをする日です。午前9時頃より終日行います。

※花まつりコンサート(8日午後7時開演、本堂にて)

曲名 歌曲
プリテン「鳥たちよ」/ハイドン「人魚の歌」/他 ソプラノ:三枝容子
ヴァイオリン:クライスラー 「プロヴァンスのセレナーデ」/他 ヴァイオリン:硲三穂子
フォルテピアノ:ヴォーン・ウィリアムス「5つの舞曲」/「グリーンスリーブスによるファンタジー」 フォルテピアノ:武久源造

フォルテピアノは、ピアノの先祖にあたる古楽器です。チェンバロと少しだけ異なった鍵盤楽器ですが、奥ゆかしい、古風な音がしそうです。私たちの知る近代の楽器は、大ホール向きに改造を重ねた結果、優れた性能と響きを身に付けてきましたが、それと引換えに失なったものもあるはずです。今回は、そのような失なわれた響きがどういうものであるかを知るための、またとないチャンスです。減多に聴けない微妙な音色を、ゲンゾーさんの演奏でお楽しみください。
 なにしろお寺ですから、楽器のご先祖の声に耳を傾けるのもよろしいかと…。

※ 先日「青恥赤恥」を見ていたら、花まつりが何かを知らない若い人が多かったので、驚いてしまいました。驚いてから、「呆れてはいけないのだ、それは我々がいかに知らせようとしていないかの表れなのだ」と、反省しました。
 それで、このようなクイズをつくりました。
「花まつりクイズ 問題:“花まつり”について、正しい記述はどれですか。
( )花まつりは、杷菜麻(はなま)の木=ハナマツリーを飾り、プレゼントを交換し共にお茶を飲む、インドの風習にちなむ。梵語panam=飲む事の意。
( )花まつりとは、花粉症のために鼻詰まりに悩む人が、やけになって始めたどんちゃん騒ぎに起因する。「はなつまり」が「はなまつり」に転訛した。
( )花まつりとは、お釈迦様が4月8日に花園で誕生された故事にちなんで行われるお祭り。甘茶という飲み物を誕生仏に注ぐが、同時に自分達も頂いて、お釈迦様の教えを意味する甘露にあずかりたいと願う日。」
どうしてもおわかりにならないかたは、こっそり住職におたずねください。

※ これまでにいただいた、花まつりコンサート協賛感謝録(4/2の時点で)
飯田様、谷原様、佐藤蕃様、笠木様、小石様、清水様、青柳様、草野欣也様、小山様、宇治様、牧原俊子様、松本善子様、松本重夫様、田畑様、中間様、魚田様、渋谷様、赤松様、中野様、荒瀬様 ありがとうございました。CYRへの支援にもなりますので、引き続きご協賛をお待ちいたします。よろしくお願いします。
※ 切手代のご協力、感謝録 吉沢和枝様 ありがとうございました。