ひとくち伝言 平成11年9 月(103号)





 昔テレビで、「一休さん」というアニメをやっていました。子供というのは多分、大人に対して潜在的にコンプレックスを持っていますから、あの持ち前のとんちで大人たちがみな降参してしまう物語はさぞかし胸のすく思いがするのでしょうね。それが子供たちの絶大な人気を博した理由だったのではないだろうかと思います。ある日私が庭掃除をしていたら、小学一、二年くらいの女の子たちに取り囲まれて「一休さん、サインして」と言われ、面食らったことがありました。もっとも、「ご朱印」というサインを今でもよく頼まれてはいますが。
 あの漫画の中でひとつ気になる場面がありました。それは、本堂でお経をあげている最中なのに、一休さんが「ねえ、和尚さま」と呼ぶと老僧がくるりと後ろを向いて「なんじゃね」と返事をしたりするところで、そういう所を見ると大変に落ちつかない気持ちになりました。お経はそう易々と中断できないものと、習慣付けられているからです。
 実は我々僧侶が読経を始める時、着座してもお経はなかなか始まりません。衣の袖をつくろったり、数珠を擦ったり、何か口の中でもごもごと唱えたりして相当の間を取ってから、ようやくお経が始まります。そして終わる時も同様で、お経をぷつりと中断することはおろか、終了して急に立ち上がることもありません。始まりの時と同様に終わるべき段取りを順次踏みながら、ゆるゆると完結します。
 それは電車の運転にちょっと似ていて、運転士がレバーを回しても電車の速度はなかなか上がらないし、停車する時にも相当手前から速度を落とし、徐々に止まらなければなりません。お経もそんな感じがするのです。「飛び出すな、車は急に止まれない」という交通標語がありましたが、それに習って言えば、「呼び出すな、お経は急に終わらない」…。お経中に電話が鳴っていたりすると、そんなことを思うことがあります。
 「間」ということを考えています。このお経が始まるまでの時間というのは何分でもないのですが、この沈黙をとても長く感じると言われる方がありました。この「長いなぁー」と感じる時間が、日常の世界から特別な時間へ導いてくれるような気がします。最近はますます時の過ぎるのが速くなる一方だと嘆かれる方にとっては、この沈黙の時間はいよいよ貴重なものになるでしょう。足のしびれに耐えながら「まだ終わらないかなー」と思う時間の長さもまた、実は、貴重なのかも知れませんねえ。
(榮)






   ひとくち伝言板   


平成11年(仏紀2564年)9月の行事ご案内

9月 5日(日) 午前9時より  写経の会

9月 6日(月) 午後1時より  法話の会

9月17日(金) 午後1時より  百観音月例法要 ならびに秋彼岸おせがき と 法話

9月8,22日(水) 午後6時半より こおろぎを聴きながら、坐禅の会




 百観音献灯会にご協力ありがとうございました。お陰様で、日本ユニセフ協会に ¥68,645円 を寄付することができました。

 長く暑い夏を、お元気で乗り越えられましたでしょうか。ようやく早朝には涼しい風は入るようになりました。もう秋の虫が鳴いていますね。
 「見ても、読んでも、聞いても美しい、絵入り観音経」(彩色挿絵入り)
 大阪の法楽寺さま(法楽寺さまホームページ)から、美しい挿絵入りの観音経が送られてきました。観音経の要所ごとにその場面を描いた版画が挿入され、これまでに見たこともないような美しいお経本です。
 説明書きを拝見して驚いたのですが、この原版は中国の明の時代(1434年)のもので、日本に伝来して萬治3年(1660年)に復刻された版木が法楽寺に伝わりました。今回はその版画に彩色がほどこされて、立派なお経本として印刷されました。こういうものが一冊あるだけで何かうれしくなるような観音経です。
 ご希望の方には、3500円でお頒けいただけるようです。一度ぜひともご覧いただき、ご希望があれば、お申込みをしていただきたいと思います。
 切手代感謝録  横井省吾様・美知子様、匿名様、有り難うございました。
 高貴道子様より、ひとくち伝言と、法話の会のご感想をいただきました。
「…ひとくち伝言のお話、いつも楽しく読ませて頂いております。… ご住職のお話を聞くのは楽しいのですが、出来ればご住職が、世音(信者の疑問)と共に考えて、答えを出していただく時をつくって下さいませんか…。」
 こういうご提案、とても有り難いことと思います。写経の会や17日法要の際の法話はどうしても一方通行になってしまいますから、懇談を交えながら、法談を囲むという機会も、何とか工夫したいと思っております。



東京都中野区沼袋二ノニ八ノ二〇
百観音明治寺 草野榮應