ひとくち伝言 平成26年7月
お経を耳で聞いて、その意味がお分かりになる方はどれくらいいらっしゃるのでしょうか。なにやら有り難いものらしいけれど、聞いていてもよく分からない、というのが正直なところではないかと思います。……実は私もです。
仏教が日本に伝えられた時に、ちゃんと日本語に訳すことが出来ていればこんなことも無かったのでしょうが、なにしろ当時は片仮名も平仮名も無く、日本語を文字に記すことができませんでした。仏教伝来から百年以上後に編纂された古事記や日本書紀ですら、漢文で書かれているほどです。ですから、仏教を学ぶ人は皆、頑張って漢文のお経を読むしか方法が無かったというわけです。
それでは、日本で唱えられているお経は中国語なのか、というと、これも微妙なところ。お経を輸入した時期によって、中国の地を統治していた王朝や文化が違うものですから、呉の発音で唱えるお経や、遣唐使の頃の漢音のお経、明や清以降の唐音のお経など、読み方も様々なのです。例えば、明治寺の「明」という字を呉音で「ミョウ」、漢音で「メイ」、唐音だと「ミン」と読むように、日本の漢字の音読みは、中国のいろいろな時代の発音が入り混じっているのですね。これだけ読み方がありますと、お経が音だけでは意味が伝わり難いのも、仕方ないことかも知れません。我々僧侶がお経をあげる時に、たとえ全文を覚えていても経本を見るのは、ちゃんと漢字を読んで意味を追いながらお唱えするためなのです。
では、お経が意味の通じない、時代に取り残された言語なのかというと、決してそうではありません。私たちが日常的に使う言葉の中に、お経はしっかりと溶け込んでいます。
例えば「世界」や「宇宙」、「世間」といった空間を表す言葉、「安心」や「葛藤」、「退屈」といった心の状態を表す言葉、「開発(かいほつ)」や「出世」、「接待」などなど、一見仏教とは関係なさそうな言葉まであります。中には訛ったり、意味が変化したものもありまして、「我を離れて仏の心に従う」という意味の「料簡法意(りゃんけんほうい)」が、グーチョキパーで物事を決める「じゃんけんほい」になった、なんて説もあるのだとか。
そんな身近な仏教用語の中で、最もよく使われている言葉が「ありがとう」でしょう。「有り難い」、つまり「有ることが難しい」というのが本来の意味です。
この言葉は、我々が人間として命を得たことは奇跡的で、とても有り難いことなのだという、お釈迦様の言葉に由来します。「ありがとう」は、目の前の人だけではなく、その背景にある全ての縁や命の繋がりを特別なことと実感し、感謝する言葉なのですね。そして、新たな繋がりを生み、育んでいく言葉でもあります。
普段、意識することは少ないかも知れませんが、日本語のそこかしこにお釈迦様からの助言が息づいているようです。有り難いことでございます。
(榮雅)
7月~9月の 行事ご案内
7月6日 (日) 午前9時 写経の会
7月7日 (月) 午前9時 写経の会
7月5日~15日頃 お盆 棚経期間
7月17日 (木) 午後1時 盂蘭盆大施餓鬼会
お塔婆は前もってお電話かFAX、eメールでお申し込みください。
一本三千円です。
7月27日 (日) 午後6時 献灯会
8月17日 (日) 午後1時 月例法要 並びに流しそうめん
9月7日 (日) 午前9時 写経の会
9月8日 (月) 午前9時 写経の会
9月17日 (水) 午後1時 秋彼岸大施餓鬼会
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◇お盆の棚経は、ご先祖様方へご供養をする法事でございます。ご希望の方は、日程の調整をいたしますので、お早めにご連絡くださいませ。間近になりますと、ご希望に添えない場合がございます。
また、明治寺へお越しいただいてご供養なさっても結構です。ご相談ください。
◇今年の献灯会は、一回目のガムラン演奏の際は例年通り華麗な舞踊を、二回目の演奏の際にワヤンというインドネシアの影絵芝居「ティムンマス~きゅうり姫」が上演されます。
野外ステージでの幻想的な空間をお楽しみ ください。
演奏 ランバンサリ
舞踏 小島夕季
ダラン(人形遣い) 折田美木
また、今年も収益の半分をユニセフに、もう半分を、今なお東日本大震災の影響で辛い思いをしている子供たちのために寄付させていただきます。当日お越しになれない方も、代わりにお灯明をお供えいたします。どうぞお申し付けくださいませ。
◇ 8月の月例法要では、法要の後に中庭で流しそうめんを企画しております。真夏の
盛りに、一時の涼をお楽しみいただければ幸いです。お誘い合わせの上、どうぞお気軽にお参りくださいませ。
◇ 7月より、明治寺広間にて習字教室を開講いたします。当面は、毎月第一金曜日の午後を予定しております。興味がお有りの方はどうぞお問い合わせください。